湾岸ミッドナイトにも登場する初代フェアレディZ(S30)のすべてを徹底解説!

2018年08月30日 (更新:2019年03月02日)

湾岸ミッドナイトにも登場する初代フェアレディZ(S30)のすべてを徹底解説!

labelフェアレディZ

いまや日産の代名詞ともなったフェアレディZ。その初代に当たるのがS30型です。 有名マンガ「湾岸ミッドナイト」に登場する「悪魔のZ」でもおなじみのこのクルマをまるごと徹底解説します!

フェアレディZ(S30)ってどんなクルマ?

フェアレディZは日産が50年近くに渡って販売を続けているスポーツカーです。

先代モデルとなるダットサン・フェアレディの名を受け継ぎ、初代フェアレディZとしてS30型がデビューしたのは1969年。

必要十分なスペックと流麗なデザインを持ちつつ、ライバルカーに比べコストパフォーマンスに優れていたことで北米市場を中心としてベストセラーモデルとなりました。

その総販売台数はなんと55万台。ダットサン・Zとして日産の名を世界中に知らしめる立役者になりました。

1000kg前後の軽量なモノコックボディ、ストラット式四輪独立懸架サスペンション、FRという市場のニーズに合致した構成に加え、後部にはアメリカ人のライフスタイルを考慮し広いラゲッジスペースが確保されていました。

搭載されるL型エンジンは直列6気筒。SOHCのハイオク仕様で130馬力を発揮しました。

シンプルながら丈夫な構造で、先行するポルシェやジャガーのスポーツカーのパワーユニットに対し信頼性の高さで評価されています。

フェアレディZ(S30)のグレード別解説!

Z

ベースモデルとなるZはツインキャブのSOHCエンジン、L20を搭載し1969年(昭和44年)に4MTのみで登場しました。

84万円という価格はスポーツカーとしては安価で人気を博しました。

当時の大学初任給は4万円ですので、現代の感覚で言えば400万円前後といったところでしょうか。

最高出力の異なるハイオク仕様とレギュラー仕様が用意され、1971年には3ATも追加されています。

その後1973年に後期型にマイナーチェンジされ、テールランプやリアガーニッシュの意匠が変更。1975年には排ガス規制の強化を受け燃料供給装置がキャブレターからドイツ・ボッシュ製のインジェクションに変更され触媒の搭載など細かい変更がなされました。

最終的な生産は1978年のS130型登場まで続けられました。

Z-L

ベースモデルに快適装備を追加したグレードです。

主な装備内容としてはAMラジオ、助手席フットレスト、リクライニングシートなどがあります。

こちらも当初4MTのみでしたがベースグレードに先行して1970年に3ATが追加されています。

モデル末期となる1976年にはこのZ-LをベースにAM/FMラジオ、電動式リモコンフェンダーミラー、パワーウィンドウなどさらに装備を充実させたグレード「Z-T」が登場しました。

432

ベースモデルではSOHCだったエンジンをソレックス製3連キャブを搭載したDOHCエンジン「S20」にグレードアップしたモデルです。

名前の「432」とは「4」バルブ、「3」連キャブ、「2」カムシャフト(ツインカム)というエンジンスペックを特徴づける数字を抜き出したものです。

432の派生モデルとして競技用ベース車として公道走行不可という条件のもと販売された「432-R」が存在します。

こちらはFRP製エンジンフード、アクリルウィンドウ採用といった徹底した軽量化、エアクリーナーレスでファンネルむき出しのキャブレターなどまさに競技仕様といった出で立ちです。

240Z

1971年に追加された北米仕様に搭載されるL24エンジンを搭載したハイパワーグレードです。

ベースモデル同様装備を充実させた「-L」が設定されたほか、通称「Gノーズ」と言われる特徴的なフロントマスクとオーバーフェンダーが与えられた迫力あるスタイリングの「-G」が新たに設定されました。

Gノーズは正式名称を「エアロダイナ・ノーズ」といい、高速走行時の空気抵抗を削減、ベースモデルに比べ+10km/hの最高速度210km/hを5MT車で達成しました。

人気のモデルでしたがオイルショックや公害問題が問題となった1973年に生産を打ち切られています。

2by2

2シーターのイメージが強いフェアレディZですが、4名乗車が可能なモデルも販売されていました。それがこの「2by2」です。

1974年に追加され、全長がベースモデルに比して310mm拡大されています。

北米仕様

S30型フェアレディZが主に売れたのは北米市場。国内とは仕様の異なるモデルが販売されていました。

主な違いはエンジンです。

2.4LのL24型エンジンが搭載され、「ダットサン240Z」として販売が始まりました。

その後2.6Lの「260Z」、2.8Lの「280Z」と徐々に排気量を拡大しながら販売が続けられました。

260Zは当時アメリカの統治下にあり右側通行だった沖縄でも販売されています。

1975年から販売が始まった280Zでは、北米の衝突安全規制に対応したショックアブソーバー内臓の大型バンパー、いわゆる「5マイルバンパー」が付けられていました。

フェアレディZ(S30)の当時のライバルカーは?

北米市場をターゲットとした小型スポーツカーとして販売された初代フェアレディZ(S30)。

当時のライバルカーたちを振り返ってみることにしましょう。

トヨタ・セリカ

通称「ダルマセリカ」と呼ばれる初代トヨタ・セリカはフェアレディZから遅れること1年、1970年に登場しました。

最上位モデルとなる「1600GT」はヤマハ製の1.6LDOHCエンジンを搭載し115psを発揮。未だに高い人気があります。

マツダ・サバンナ

後のRX-7の源流とも言えるモデルがこのマツダ・サバンナ。輸出仕様にはRX-3の名が冠されました。

その特徴はなんと言ってもマツダの代名詞「ロータリーエンジン」を心臓部に持つことです。

レースでも大活躍し、当時無敵だった日産・スカイラインGT-Rの連勝記録を止めたことで名声を博しました。

三菱・ギャランGTO

当時米国で主流だったいわゆる「マッスルカー」のコンセプトとスタイルをを国産車のサイズに落とし込んだのが三菱・ギャランGTOです。

搭載された4G3型”サターン”エンジンはトップグレードの「MR」ではDOHCとなり125psというハイパワーに。このグレード名は後のランサーエボリューションにも引き継がれています。

ホンダ・S800

通称「エスハチ」で知られるホンダの軽量スポーツカーです。

最高出力こそ70psとライバルマシンたちには劣りながらも750kgという圧倒的に軽量の車重、4連キャブに高回転型DOHCエンジンとそのポテンシャルはかなりのもの。

当時の国内最高峰レース「日本グランプリ」でも240ZやZ432相手にバトルを繰り広げました。

フェアレディZ(S30)CARTUNEユーザーカスタム例紹介

登場から半世紀近く経つ今でも高い人気を誇るフェアレディZ(S30)。

CARTUNEにもオーナーさんそれぞれのセンスが光るZたちが投稿されています!

超悪魔のZ(どあくま)-RB26さんのフェアレディZ

超悪魔のZ(どあくま)-RB26さんのフェアレディZはユーザーネーム通り外観は「湾岸ミッドナイト」に登場する朝倉アキオの愛車「悪魔のZ」を再現。

劇中では輸出仕様のL28改エンジンにビックタービンの組み合わせでしたが、こちらのZはスカイラインGT-Rに搭載されているRB26に換装されています。

tokoolさんのフェアレディZ

tokoolさんのフェアレディZはなんとホンダ・S2000の中身を総移植という驚きのカスタムがなされています!

エンジン、ミッションだけでなく内装も完全にS2000にスワップされ、写真からではZだとはわからないほど。

VTECサウンドを奏でるZ、かなり気になる1台です。

ヒロヒロさんのフェアレディZ

ヒロヒロさんのフェアレディZは鮮やかなマルーンのボディカラーが美しい一台。

このカラーリングは当時トップグレードの240ZGの専用色として用意されたものでした。

さいごに

いかかでしたでしょうか。

誕生から49年とヒストリックカーの域に入りつつある一台ながらも、見た目のカスタマイズのみならずエンジンスワップなどチューニング系カスタムもいまだに盛んになされているところがフェアレディZ(S30)らしさではないでしょうか。

旧車系雑誌でもよく取り上げられており、熱い人気がうかがえます。

今後はどんなフェアレディZ(S30)のカスタムマシンの投稿があるのか、CARTUNE編集部も楽しみにしています!