2019年07月03日 (更新:2020年06月18日)
三菱のAYCとは?峠で無敵といわれる車体制御装置のしくみ
三菱 ランサーエボリューションシリーズなどに搭載されるAYCは、曲がりにくい4WDを曲げやすくする電子制御アクティブデフ。ランサーエボリューションの速さの理由は、ターボエンジンと4WDを最大限に活かすためのAYCがあるためです。AYCの仕組みや動作について解説します。
「AYC」とは?
ランサーエボリューションなどの三菱車に搭載される「AYC」は、車の旋回を助ける装置。「アクティブ・ヨー・コントロール」の略であり、デフの動作を電子油圧制御することで、旋回性能とトラクション性能を向上させることのできる電子制御デファレンシャルの一種。
人間の四肢では操作しきれない部分を、コンピュータが補うことで、車両限界を引き上げる画期的なシステムです。
AYCならではの特徴
AYCが、LSDや他の一般的な電子制御アクティブデフと大きく異なる点は、旋回に不必要な内輪の駆動力を、外輪に移すことで外側のタイヤを増速させる機構が組み込まれていることです。無限軌道(キャタピラ)を採用する重機や戦車は左右輪に回転差を与えることで旋回します。それと同じように、AYCは片輪を増速させることにより、左右輪に大きな回転差を発生させてヨーをコントロールし、高いコーナリングスピードを実現します。
また、エンジンパワーを効率よく必要なタイヤに分配することができるため、タイヤのグリップを有効に使えることで高いトラクション能力を発揮します。
AYCによる車の動き
一般的な車に採用されるオープンデフは、片輪が浮くなどしてタイヤグリップが失われると、グリップが低いほうが盛大に回転します。反対側のタイヤは動かないためエンジンパワーをロスし、前に進まない事態に陥ります。
トラクションを稼ぐために装着されるLSDは、内部に組み込まれたクラッチやギヤ、高粘度オイルで左右輪に大きな回転差が発生した場合に、左右輪を同調させるように働きます。オープンデフに比べ、トラクション性能は向上しますが、その状態では片輪が空転しやすいため、ドリフトのようなパワーロスの大きな走り方になってしまいがちです。
AYCは、センサーによって収集されたハンドル角や横方向の加速度、駆動輪の回転数やトルクの情報を統合して、現在の車両状態をコンピューターが割り出し、油圧ポンプに電気信号をを送ることでAYC内部のクラッチを制御。その結果、最適な左右輪の駆動バランスになるように統合制御されます。ステアリングをきってアクセルを踏み込めば、コンピュータが必要と判断したぶんだけ、内輪のパワーを外輪に移すため、エンジンパワーをロスすることなく加速させ、曲げにくいといわれる4WDを簡単に曲げてしまうのです。
「スーパーAYC」とは?
ランサーエボリューションⅧから、新たに「スーパーAYC」が採用されました。AYCの性能をさらに高め、より自然な動きになるように改善されたAYCです。AYCから大きく変わった点は、プロペラシャフトの入力部が、一般の車とおなじベベルギア・デファレンシャルから、プラネタリーギア(遊星歯車)に変更することで伝達可能トルクを大きく改善。より高い駆動力を左右輪に伝達できるようになったため、アンダーステアを大きく低減させることが可能になりました。
旧AYCでは、アクセルオフ時はオープンデフと同じ状態でした。しかし、スーパーAYCから採用されたプラネタリーギアではオープンデフ状態をつくれないため、スーパーAYCでは減速時も電子制御を介入させることで問題を解消。その結果、より安定性の高いブレーキングが可能になっています。
また、電子制御もより緻密になり、旧AYCではドライバーの意思以上に曲がる感覚が強かったのに対して、より自然なフィーリングに改められながらも、AYC以上に曲がるように進化したのがスーパーAYCです。
「AYC」「スーパーAYC」の搭載車種
「AYC」「スーパーAYC」が搭載される三菱車の一部を紹介します。
三菱 ランサーエボリューションⅣ
AYCがはじめて搭載されたのは1996年に登場した三菱 ランサーエボリューションⅣ。新型プラットフォームを用いた第2世代ランエボであり、自主規制一杯の280PSを発揮するターボエンジン、4WDシステム、そしてAYCによって4WDの常識を変えるほどのコーナリング性能を発揮します。しかし、AYCの耐久性が追いつかず、機械式LSDの交換される車両もありました。
三菱 ランサーエボリューションⅦ
AYCが最後に搭載されたのは、第3世代となったランサーエボリューションⅦ。電子制御センターデフ「ACD」とAYCによる統合制御により、大きく重くなったボディにもかかわらず、圧倒的な旋回性能とトラクション性能を発揮します。ATモデル版である、三菱 ランサーエボリューションGTAにもAYCが搭載されています。
三菱 アウトランダー
アウトランダーは三菱のミドルクラスSUV。2012年にモデルチェンジした2代目三菱 アウトランダーにもオン・オフロード性能を高めるためにAYCが搭載されます。ただし、アウトランダーに搭載されるのはAYCと呼ばれながらも、ランサーエボリューションのような増速機構はなく、片輪のブレーキ制御でLSDに近い動作をさせることでヨーコントロールする簡易版AYCです。
三菱 ランサーエボリューションⅧ
スーパーAYCが搭載されたのはランサーエボリューションⅧが初。基本構成はランエボⅦと同じくしながら6MTを初採用されたのもトピックです。カーデザイナーの変更により外観はやや不評ながら、あらゆる性能がランエボⅦよりも進化しています。
三菱 ランサーエボリューションⅩ
スーパーAYCが最後に搭載されたのは2007年に登場したランサーエボリューションⅩ。エンジンは長らく使われた4G63から新型エンジンへとを改められ、トランスミッションは6MTが廃止されツインクラッチSSTを搭載。
プラットフォームも含め、あらゆる面が一新されたオールニュー・ランエボです。駆動システムは、スーパーAYSとACDを統合進化させた「S-AWC(スーパー・オール・ホイール・コントロール)」におきかわり、ランエボ史上もっとも洗練された走行性能を発揮しました。2015年のランエボⅩ生産終了以降、新しいランエボは登場していません。
AYCのまとめ
WRC(世界ラリー選手権)で培われた4輪制御技術を、市販車にフィードバックしてできあがったリアデフがAYCです。とくに峠のような狭い道や、雨や雪などの滑りやすい路面では、タイヤを過度に滑らせることなく最大限のタイヤグリップを使えるため、4WDとAYCの協調制御は無敵ともいえるほどの速さ発揮します。
多くの電子制御技術がそうであるように、AYCを効果的に使うには、それに適した運転操作が必要です。ブレーキ・ステアリング・アクセル操作を明確にしたメリハリのある運転をすることで、コンピュータが現在の車両の状態を正確に把握し、いつ、誰が、どこで乗っても最大限のパフォーマンスを発揮できるようにAYCが動作します。
しかし、すべてを機械に任せるのは安全上でのリスクがあります。AYCがどのように動作しているかを敏感に感じとり、微妙な操作によって電子制御される機械をドライバーが制御することが、AYCとの上手な付き合い方です。