2019年06月04日
自動車業界の救世主!?車の材料「ハイテン材」とは
現在、国内外問わず自動車メーカーがこぞって開発を進めている素材があります。それは「ハイテン材」。昨年の1月にはホンダが、モデルチェンジしたN-BOXの外板部品にスーパーハイテン材を世界で初めて使用し話題にもなりましたが、このハイテン材とは一体何なのでしょうか。今回は、ハイテン材が自動車業界に及ぼした影響と、普及した理由について解説していきます。
この記事の目次
ハイテン材とは
高張力鋼のこと
ハイテン材とは〝High Tensile Strength Steel Sheets〟を略した名称であり、引っ張り強度が強い鋼材のことを指します。
通常の鋼材が引っ張り強度270MPa(※)以上なのに対して、ハイテン材は340~790MPaなのが一般的。ただし、この引っ張り強度に関しては製造国ごとにまちまちであることに注意です。
490MPa以上をハイテン材とする意見も多い一方、メルセデス・ベンツを製造するダイムラーのおひざ元であるドイツでは、180MPa以上であればハイテン材と呼ぶこともあるようです。
また、引っ張り強度が980MPa以上のハイテン材は、超高張力鋼板と呼ばれています。
ハイテン材は、炭素を主元素としてニッケルやシリコン、マンガンを添加して強化した固溶強化型や析出強化型鋼板など、いくつかの種類があります。
最近ではプレスで成形する前に材料を加熱、成形後の冷却で強度を高める熱間プレス成型法が開発され、各メーカーで採用を進めています。
(※)Paはパスカル。圧力・応力の単位であり、頭に付いている「M」はメガを表しています。
ハイテン材の特長
- 機械的性質
- 耐摩耗性・対候性
- 加工性
- 溶接性
- 経済性
以上の5点においてハイテン材は、従来の鋼材に比べて優れているとされています。
通常の鋼材と比べ、降伏点(※)・引っ張り強度が高いため使用構造物の軽量化が図れることが第一点に挙げられ、耐久年限も長くなります。
また、熱を加えたとしても材質自体が非常に安定しており、劣化がありません。延性にも富んでおり、熱間だけではなく冷間でも加工が容易に行うことができます。
さらに、従来の鋼材に比べて炭素含有量が低く抑えられているため、溶接時に熱の影響による硬化が少ないのです。
そして、合金元素を添加して強度を高める非調質鋼であるため、価格も安く製造することができ、使用する素材自体も少なく済む、まさに良いとこ尽くめな素材といえるでしょう。
一例として、590MPaのハイテン材と1500MPaのハイテン材で同強度のボディを作ろうとした場合、590MPaハイテン材では2.4mmの厚さが必要ですが、1500MPaハイテン材では1.6mmの板厚で同じ強度を持たせることができます。
(※):材料を引っ張った時に応力が極端に下がる現象のこと
ハイテン材の需要が高まっている理由
ボディ構造の複雑化と軽量化
ハイテン材需要の高まりの裏側には、「軽量化」というキーワードが隠されています。
自動車が開発されたばかりのころは、自動車部品にも木材が多用されていたこともありましたが、大量生産を行う前提で開発されたモノコックシャーシの登場により、ボディは鉄で造られるのが一般的になりました。
モノコックシャーシとは、フレームとボディを一つの構造として製作する技法です。フレームとボディを同時に作るため、よりローコストかつ高強度。スペース効率にも優れているので、軽量化も可能なのです。
ただし、モノコックシャーシは形状が複雑化しがち。そのために、加工しやすい素材として鉄が使われるようになったのです。
燃費向上が至上の課題となった現代
それから長きに渡りボディは鉄を使って製造され続けていましたが、環境問題と原油価格の高騰からくるガソリンの値上がりが、それを見直すきっかけとなったのです。
自動車メーカーにとっては燃費効率こそ課題とされ、優れた環境性能を持った車はそれだけで注目されるようになりました。トヨタのプリウスの世界的なヒットを見れば、それは明らかでしょう。
各メーカー、燃費の向上にはさまざまな手段を用いており、エンジン自体の燃費性能を向上させたり、トランスミッションの効率化など、手段を尽くした後に行きついたのが、車体の軽量化だったのです。
救世主となったハイテン材
そこで新たな素材として注目されたのがハイテン材。
前述した通り、板厚を減らしても、ハイテン材ならば強度を確保することができます。さらに、590MPaハイテン材に比べて980MPaハイテン材ならば重量比はマイナス20%、1500MPaハイテン材ならば33%もの重量軽減が可能なのです。
エアバッグ等安全装備などの普及により、さらに重量を増している現在の自動車。そんな中開発されたハイテン材は、まさにボディ素材に革命をもたらしたといっても過言ではありません。
ハイテン材のデメリット
そんな夢の素材であるハイテン材にもデメリットはあります。それは、圧倒的な強度ゆえの成形荷重の高さです。
ハイテン材は従来のプレス用の鋼板と比較した時、延性に乏しい素材。プレス成形中に破断を引き起こしてしまうケースもある難成形材料なのです。
これは、ハイテン材の持つ塑性が原因。塑性(そせい)とは、固体に力を加えた時に壊れないまま連続的に変形し、元の形状を永久に保とうとする性質のこと。このハイテン材の塑性のせいで、自動車を構成する部品の中でも、特に剛性の低下を避けなければいけない部分には使えないのです。
また、プレスする金型自体にも強度が求められるため、金型材質の高硬度化は必須となります。さらに、どれだけプレス圧をかけたとしても金型で形成した鋼材に比べて形状の差が生じやすい、スプリングバックの大きさも挙げられます。
いずれの課題に対しても、ハイテン化が進むにつれて問題が顕著になっており、各メーカーで開発を進めているのが現状です。
まとめ
ハイテン材をはじめとしたボディの軽量化は、低燃費だけではなく走行性能を高めるのにも一役買っています。自動車を作る技術も日々進歩していますが、自動車を形作る素材自体も進化していっているのです。各メーカー、競争するようにハイテン材の開発に臨んでいる現状、これからも今あるハイテン材を超える夢のような素材が生み出されるに違いありません。