ロゴから学ぶスバルの歴史

2019年06月01日

ロゴから学ぶスバルの歴史

2017年4月1日に富士重工株式会社から株式会社SUBARUになったことはご存知だったでしょうか?新たなスタートを切ったスバルですが、ロゴにも歴史的背景がたくさん詰まっていたのです。ロゴを糸口として、スバルの歴史をご紹介します。

スバルのロゴの意味

左側に大きな星があり、右側に5つの星があるスバルのロゴですが、あのロゴの意味は一体どんな意味があるのでしょうか?会社のロゴには必ず意味があります。スバルの歴史を探る上で欠かせないロゴの意味から紐解いていきます。

スバル=昴(すばる)

「6つのスバル=6つの昴(すばる)」を統(す)べる

スバルのロゴが意味するものは、夜空に輝く昴のことです。谷村新司さんの歌にもあるように、蒼白く夜空に輝いているおうし座のプレアデス星団を日本語にしたものです。プレアデス星団を見ると、スバルのロゴとは違い強く光る星がいくつかあります。しかし、スバルのロゴは大きく光る星が1つとその横に5つの少し小さい星が配置されています。この星の数は、創業当初の意味がしっかり込められているのです。1つの会社が5つの会社を吸収合併した形で創業されたのが、スバルの前身である富士重工株式会社です。

大きな星が母体となった富士重工業、そして5つの星が富士工業、富士自動車工業、大宮富士工業、宇都宮車輌、東京富士産業を意味していたのです。そして、「統(す)べる」と「昴」を掛けて、「6社を統合する」という意味でスバルという愛称をつけたのです。

スバルのロゴが誕生したのはいつか

スバルの前身である会社は、1917年に創業した中島飛行機という会社が母体でした。もちろんこの頃はスバルのロゴなどありません。このロゴとスバルという愛称がつけられたのは、1958年に販売開始されたSUBARU 360につけられたエンブレムが始まりです。

元々社員であり、退社しフリーとなっていたデザイナー、佐々木達三がSUBARU 360を設計した百瀬晋六に提案したところ、そのままロゴマークが採用。さらにSUBARUという愛称も定着していったという経緯があります。この頃はまだ現在のロゴと比較すると星の配置が違うなどの部分も見られますが、その後変更が何度か繰り返されて現在のロゴに落ち着いたのです。

第二次世界大戦前と戦後の富士重工の歴史

SUBARUのロゴは6社が統合されたという意味合いを持つことはお分りいただけたかと思いますが、この6社は一体どのような関係性があったのでしょうか?そして、どのように富士重工が誕生したのかなどを、歴史を見ながらご紹介いたします。

戦前

中島飛行機製作所創立から敗戦まで

1917年、中島知久平という人物が群馬県に飛行研究所を創設したのがSUBARUの始まりです。1918年に中島飛行機製作所と改名し、様々な飛行機開発を手がけていきます。戦前には軍事力強化のために戦闘機の開発も手がけました。1919年に四型6号機の試飛行に成功したことによって航空業界に名乗りを上げた中島飛行機製作所に続けとばかりに、三菱重工業、川崎航空機、日立飛行機、日立航空機、愛知航空機という名だたる航空会社が誕生したのです。

その後、隼、疾風などという現在も名を残す機体の製造や寿や誉のエンジン製造にも携わってきました。しかし、技術を持った中島飛行機製作所は東京大空襲の標的となりました。地方での作業を余儀なくされた中島飛行機製作所は、事実上国営企業となり敗戦を迎えます。

戦後

戦後から富士重工誕生まで

GHQ占領下の日本では、航空機の研究、製造が一切禁止されました。そこで中島飛行機製作所は名前を富士産業と改名。工場によって自転車やリヤカーなど、様々な物の作成を行なっていました。1947年には駐留軍が乗るアメリカ製スクーターにヒントを得て、ラビットスクーターを販売し大ヒットを得たこともありました。

しかし、1950年の財閥解体の対象となった富士産業は、工場ごとに15以上の会社にに分けられてしまう結果となったのです。そんな中、同年朝鮮戦争が勃発します。さらに1952年にサンフランシスコ講和条約が結ばれ、GHQが押収していた土地・建物の返還が行われました。そして富士重工業は元々富士産業で同じだった5社を吸収合併することにより、2017年まで続く富士重工を発足させたのです。

スバルのエンブレムの中古価格

スバルのエンブレムを掲げているだけで何か勇気を与えられる気さえする6つの昴ですが、手に入れたくなった方もいらっしゃるのではないでしょうか?今回はインターネットで購入可能なものをいくつかご紹介します。

装着することによってがらりとイメージを変えてくれるパーツです。愛車のドレスアップに購入してみるのも良いかもしれません。

まとめ

スバルのエンブレムにはしっかりと意味合いがあったことがお分りいただけたと思います。日本の航空産業を支え、トップを走ってきたのがスバルの前進の会社だったのです。もしスバルのエンブレムを見かける機会がありましたら、当時の6社のことを考えてみるのも良いかもしれません。